放射線の防護
放射線の影響リスクを小さくするには、事故や不注意あるいは医療などの利益のない放射線は浴びない、やむ得ない場合には被ばく線量をできるだけ軽減する防護措置をとる。放射線の防護の方法は、外部被ばくと内部被ばくに相違がある。外部被ばくとは、動物診療で用いるエックス線やCT撮影装置(放射線発生源)から放射線発生時のみに体外から受ける被ばくである。外部被ばくに対しては、放射線防護の三原則は、距離(線源から離れる)、遮蔽(コンクリートなどの遮蔽物の後に隠れる)、時間(被ばく時間を短くする)である。伴侶動物が受ける放射線被ばく量は、人の医療被ばくと同様に、疾患の診断や治療の利益のためである。不要な放射線被ばくを受けることはない。
内部被ばくとは、体内摂取された放射性物質から放出される放射線の照射を受けることで、放射性物質が体内にある間は被ばくを受け続けるため、外部被ばくの防護三原則は適用できない。放射性物質の体内侵入経路は、吸入、経口、経皮である。したがって、内部被ばくを避けるには、人も伴侶動物も同じで、‘放射性物質を吸わないように屋内退避、汚染地域から離れる、人はマスク着用する、汚染した食物や食品を摂取しない、体表面とくに創傷部に付着させない(人では防塵効果のある衣服着用、付着した場合にはすぐに流水で洗浄する、などの措置をとる。
低い放射能汚染地域でも動物救護活動時の獣医師やボランテアは、できるだけ防塵効果のある衣服と防塵メガネで肌や粘膜に放射性物質が付着しないように装着、さらに吸入しないようにマスクもつける。高い放射能汚染(警戒)地域では、ここでは詳細は述べないが、内部被ばくを防ぐ厳重な装備や事前の防護などの教育訓練を受ける必要がある。
動物救護活動を行う地域の放射能汚染の情報は、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)によって事故直後から迅速に得ることができる。放射線や放射性物質は、人の五感で感じることはできないが、放射線計測器によって存在や強さを知ることができる。実際の救護活動時には、作業環境の線量は可搬型の測定器(サーベイメーター)で測定する。個人の被ばく線量は、救護活動時の作業環境の空間線量率(大気中の1時間あたりの線量:単位mSv/h)と滞在時間を掛け合わせた値を表示する、警報アラームの付いた積算型の個人被ばく線量計を用いて測る。
本会の原子力災害時の動物救護活動でうける被ばく線量限度は、国際放射線防護委員会および国が定めた公衆被ばく線量の1mSv/年を基準とする。公衆被ばくとは、放射線被ばくの可能性がある放射線作業従事者ではなく、日常放射線に曝露される作業に関わらない一般の人である。この線量は、日本人が宇宙、地殻、体内の放射性物質(カリウム-40)の自然放射線被ばく線量(1.2mSv)とほぼ同じ線量であり、人で障害が見られ始める100mSvの100分の1である。公衆被ばく線量限度と設定したのは、福島事故の環境の線量率をみても、高線量域(後述)を除けば、十分に救護活動ができる、そして事故前よりは線量率がわずかに高いシェルターでも安心して保護活動が続けられると判断されるからである。すなわち、被ばく防護の措置と放射線計測値の評価ができれば、自然災害時に準じた救護活動ができることを示唆している。
では、高い放射能汚染地域の伴侶動物の救護活動はどうするか。福島の事故では、事故後から迅速な措置が講じられなかったことや伴侶動物の放置を指示されたことから、高い放射能汚染で人の立ち入りが制限されている警戒区域に多数の伴侶動物や家畜が置き去りにされ、飢餓等による犠牲となった。放れ牛と呼ばれるような生き残った動物は、事故から1年以上過ぎても過酷な状況の中でもいまだに残されたままである。このような状態が生まれた最も大きな原因は、地域防災計画に動物救護が検討さえされていなかったこと、自治体職員、獣医師や畜産関係者に放射線防護の知識や救護活動の訓練がされてなかったことなどがある。
事故から1年以上経過した現在、やっと国によって警戒区域に放置された動物救護のボランテアを募集している。その内容は、ボランテア(救護者)を放射線作業従事者としている。すなわち、被ばく線量限度を20mSv/年、さらに高濃度汚染場所が不明なので不測の被ばくに備えて50mSvまでの被ばく線量限度が法的に認められるとしている。もちろん、作業時には厳重な防護装備の装着が不可欠であるが、1日の作業時間を2時間に制限している。当然ながら、放射線防護の教育訓練(放射線や関連法などの知識の講習や実施の予備訓練など)を受けるのが必須である。救護は野外の作業になるので、気候条件や場所によっては、放射線被ばくだけでなく、高温や疲労、外傷などの危険を伴う作業になる可能性がある。さらに、救護した動物をどのように扱うかも大きな問題となる。
本会では、救護活動者の被ばく線量を押さえ、できるだけ多くの動物を救いたい。今回の事故のように置き去りの伴侶動物をなくすために、公衆被ばく線量限度の補足的な措置である、「5年間の総被ばく線量限度が5mSv」を適用する。これは、1年当たりの平均ばく線量は、前述の公衆被ばく線量と同じ1mSvであるが、緊急時には次のような方法に従うことが認められている。たとえば救護活動時の短い期間に1mSvを被ばくしても、残の期間の被ばく量が少なくなるようにして、結果として、年間の平均被ばく線量が1mSvになるようにすればよい。したがって、高い汚染地域でも線量を測定しながら、あるいは活動時間を短くすれば伴侶動物の救護活動ができることなる。福島の事故では、警戒区域を事故から約1ヶ月後に設定されたが、事前の準備のもとに迅速な行動ができていれば、もっと多くの動物を救え、放れ動物の数や犠牲数を少なくできたのではないか。